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福島地方裁判所 昭和45年(レ)12号 判決

控訴人 田中萬吉

〈ほか三名〉

右四名訴訟代理人弁護士 安田純治

同 大学一

右訴訟復代理人弁護士 安藤ヨイ子

被控訴人 岡崎コマ

右訴訟代理人弁護士 関栄一

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、請求原因事実について当事者間に争いがない。

二、そこで、控訴人らの抗弁について判断する。

1  本件土地上に存する本件建物は、もと被控訴人の所有であったこと、被控訴人が、昭和一九年ごろ、本件建物を石原鈴吉に売却した際、同人との間で本件土地につき賃貸借契約を締結したこと、石原が、昭和二一年ごろ、控訴人萬吉に本件建物および本件土地の賃借権を譲渡したことについては当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

控訴人萬吉は、昭和二一年三月ごろ、石原鈴吉から本件建物を買い受けた際、同人において本件土地の賃借権の譲渡につき予め被控訴人からその承諾を得ることを約していたところ、これを履行しなかったので、直接被控訴人方に赴き、本件土地を賃借したい旨申し込んだところ、被控訴人が石原との間で本件建物を転売するときは買い戻す旨の約束をしていたから、右石原以外には賃貸する意思はないといってこれを拒絶されたけれども、同年三月二一日ごろ、本件建物に引越した。そして、その後控訴人く里ゑが風呂敷を持参して被控訴人方に挨拶に行き、それを差し出したが返却されたので、控訴人萬吉は、横山清助夫婦を介し、本件土地の貸与方を申し込んだが被控訴人の承諾を得るまでには至らなかった。それから一五日ぐらいして控訴人く里ゑが再び被控訴人方を訪問し、風呂敷に現金二〇〇円を添えて差し出したところ、被控訴人は、漸く本件土地を控訴人萬吉に賃貸することを承諾し、そして、昭和二二年四月一日には同日から昭和二三年三月三一日まで地代として金二七円七二銭を、昭和二三年三月三一日には昭和二三年から昭和二四年までの地代として金一三二円を、昭和二四年四月一日には同年から昭和二五年までの地代金一三二円を受領し、その旨の領収書を作成し、控訴人萬吉にこれを交付したが、昭和二五年ごろから控訴人萬吉および同く里ゑらと不仲になり本件土地の明渡を求めるようになった。

≪証拠判断省略≫

3  以上認定した事実によれば、控訴人萬吉が石原鈴吉から本件土地の賃借権を譲り受けた際、被控訴人の明示または黙示の承諾を得たものとは到底認めることができず、したがって、控訴人萬吉は、被控訴人に対する関係では右の譲り受けにより本件土地の賃借権を取得したものと解することはできないが、しかし、昭和二二年四月一日、同人との間で本件土地について期間の定めのない賃貸借契約を締結したものと認めるのが相当である。

もっとも、≪証拠省略≫中には、「貸地は一年限り契約とす」との記載があり、≪証拠省略≫中にも本件土地の賃貸借期間が一年限りである旨の供述部分がある。しかしながら、第一回目の地代を支払ったとき作成交付した領収書には賃貸借期間を一年とする旨の記載がなく、しかも控訴人萬吉が被控訴人との間で締結した賃貸借契約は、控訴人萬吉らが現に居住している建物の所有を目的としたものであることが明らかであるから、これと弁論の全趣旨に照らすと、≪証拠省略≫中の前記供述部分によっても本件賃貸借契約が一時使用の目的で締結されたものと認めるのは相当でない。

三、次に、被控訴人の再抗弁について判断する。

1  被控訴人が控訴人萬吉に対し、昭和四三年一二月四日到達の内容証明郵便で本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことについては当事者間に争いがない。

2  ところで、右解除の意思表示に先立ち、被控訴人が延滞賃料の支払いを催告したとの主張はないが、賃貸借の継続中に当事者の一方がその信頼関係を裏切り、賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為をした場合には、相手方は民法第五四一条所定の催告をしないで賃貸借関係を将来に向って解除することができるものと解すべきであるから、本件の場合、被控訴人の主張するように控訴人萬吉に賃貸借関係を著しく困難ならしめるような不信行為があったか否かを検討する。

被控訴人の主張する控訴人萬吉の不信行為とは、一〇年間にわたり賃料の支払いをしなかったことであり、右契約解除の意思表示がなされるまで、一〇年間賃料の支払いをしなかったことは当事者間に争いがないけれども、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

控訴人萬吉は、昭和二二年四月、被控訴人との間で本件土地につき賃貸借契約を結んで以来本件土地を使用してきたが、昭和二五年ごろに至り、被控訴人との間が不仲となったため、本件土地の明渡請求を受けるようになり、本件土地の賃料を持参し、これを提供しても被控訴人がその受領を拒絶し、さらに郵送しても受領することのできない旨の付箋を付して返送してきたことがあり、そのようなことが繰り返されるたびに賃料相当額を供託し、しかもその金額は、福島市役所税務課に赴き、適正賃料を算出してもらい、その計算書に基づいたものであり、昭和二五年四月分から昭和三四年三月分まで供託したが(この点について当事者間に争いがない)、その間被控訴人は、昭和二五年四月分以降の賃料を一度も受領したことがなく、また、受領する旨の態度を示さないまま、前記のように本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたものである。

3  以上認定した事実によると、被控訴人が本件賃貸借契約の存存を否定し、賃料を受領する意思のないことは明らかであるから、控訴人萬吉としては、賃料の支払いにつき、現実の提供はもちろんのこと、言語上の提供をもしなかったからといって債務不履行の責めに任ずるものではない。このような場合、賃料の受領を拒絶している債権者としては、その態度を改め、以後債務者から賃料の提供をなされた場合確実にこれを受領すべき旨を表示する等自己の受領遅滞を解消させる措置を講じたうえでなければ債務者の債務不履行の責任を問いえないものというべきである(最高裁判所昭和三二年六月五日大法廷判決、最高裁判所民事判例集第一一巻第六号九一五頁、昭和三五年一〇月二七日第一小法廷判決、同判例集第一四巻一二号二七三三頁、昭和四五年八月二〇日第一小法廷判決(昭和四二年(オ)第八〇三号家屋明渡請求事件)ジュリスト第四六八号一一四頁参照)。したがって、賃料の不払いが長期間にわたったからといって、それが債務不履行の責を問うにあたらない事情がある以上、いまだ控訴人萬吉に賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめる不信行為があったということができず、したがって、本件賃貸借契約を解除するためには、被控訴人の受領遅滞を解消せしめる効果をも含めて賃料支払いの履行を求める催告を欠くことはできないのであって、この手続を経ないでした被控訴人の解除の意思表示は無効であるから、本件賃貸借契約はいまだ終了していないといわなければならない。

よって、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。

四、ところで、控訴人萬吉の本件賃借権が存続していることは前示のとおりであり、控訴人昭三が控訴人萬吉の子であることについて当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、控訴人く里ゑは控訴人萬吉の妻であって本件建物に同居していること、控訴人昭三は控訴人萬吉から本件建物の一階の一室を借り受け、会計事務所として使用していること、控訴人諏訪は控訴人萬吉から本件建物の二階を借り受けて居住していることが認められる。そうだとすると、控訴人く里ゑ、同昭三および同諏訪らは、いずれも本件建物を使用することについて正当の権原を有するものであるから、本件土地についても占有使用する正当な権原を有するものといわなければならない。

五、以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく被控訴人の本訴請求は理由がなく、これを認容した原判決は不当であってその取消しを免れない。よって、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹野達 裁判官 三井善見 新田誠志)

〈以下省略〉

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